PLAYERS : MASAKI HARADA
TOP STORY OCEANS TALK and SURF SESSION with Tatsuro Tomoshige
原田 正規
MHASAKI HARADA
OCEANS TALK and SURF SESSION
with Tatsuro Tomoshige
Part 1
NSAで存在感を放つオーシャンズ※1のメンバー、友重達郎。昨年は日本代表の一員として、エルサルバドルで行われた世界マスターズサーフィン選手権に出場を果たした。原田との縁は25年以上におよぶ。今回は千葉・いすみポイントの近くで友重が営むサーフショップ、リッキーズを訪ね、話を聞いた。
※1 2008年に結成。メンバーは原田 正規、友重 達郎、吉川共久、山本 茂、山浦 宗治、山田 弘一、市東 重明、遠田 真央という8名のプロサーファーたち。
文:高橋 淳
写真:飯田健二
原田正規(以下、MH):友重と会ったのは、東京・江戸川区にあったサーフショップ、ブラディーが最初だったんじゃない?
友重達郎(以下、TT):そうだね。おれは高校生のころからブラディーに所属していて、正規もライダーになったことがきっかけで知り合った。
MH:20代前半だったね。
TT:そのときおれはまだ東京に住んでて、千葉の海まで通ってた。
MH:クラブハウスがあったよね。
TT:そう。千葉・一宮のサーフポイント、サンライズのそばに。
MH:けっこうたくさんクラブ員がいてね。そんななか、友重とおれは同い年で仲よくなった。
TT:正規は当時もうプロサーファーで、第一線で活躍してた。千葉に住みはじめたのはいつ?
MH:20歳のとき。そのときはまだポッツサーフボードのライダーでさ。ブラディーがポッツサーフボードのディーラーだったから、その流れで所属することになった。
TT:ブラディーはかなりハードコアな感じだったよね。おれだけだったもん、タトゥー入ってないの。
MH:友重はエリートだったじゃん。
TT:学生だったからっていうだけでしょ。みんなは働いてて、おれだけまだ大学生だったから。学校行きながらサーフィンして、プロを目指してた。
写真:ISA /Jersson Barboza
友重達郎(ともしげ たつろう)●1975年9月5日生まれ。東京都出身、千葉県いすみ市在住。1992年、17歳でサーフィンを始め、早稲田大学在学中に渡豪。サーフィンのスキルを磨くために放浪の旅を重ねる。2003年、JPSAプロテストに合格。以降、プロツアーをフォローしながらハワイ、オーストラリア、インドネシア、ミクロネシア諸島など世界を旅するトラベリングサーファーとして活動。現在はNSAの大会に参戦しながら、千葉県いすみ市でサーフショップ、リッキーズを営んでいる。
MH:最近はどんなライフスタイルなの?
TT:お店やりながら、子どもを海に連れてって…… その繰り返しだね(笑)
MH:長男のリッキー(リキ)はいくつだっけ?
TT:もう高1。
MH:じゃあ、親離れしてきてるよね。
TT:そうだね。あとは下の子が最近野球を始めたから、その送り迎えをしたり。
MH:サーフィンばっかりだと息詰まるっていうか、たまに違うスポーツを観戦するのはいいよね。このあいだ、マリンスタジアム行ってたでしょ? おれも2~3回行ってるんだけど、すごく楽しいもん。
TT:楽しいね。今までまったく興味なかったけど、子どものおかげでやっとサーフィン以外のことにも興味を持てるようになった。
MH:いいよね。
TT:サーフィンもそうなんだよ。長男が真剣にサーフィンをやるようになったから、またおれも真剣にサーフィンやるようになった。またハワイに行くようにもなったし。すべて子どものおかげ。
MH:リッキーはコンペティターだもんね。
TT:だからおれもまた大会に出るようになった。
MH:友重は夫婦でショップを営んでいるけど、役割分担はどんな感じ?
TT:おれがサーフィンスクールと店の経営をやってる。そして妻のゆりがボディボードスクールをやって、お店にも立ってる。それぞれ生徒さんもいっぱいいるから、ケアしながらね。
MH:大変だよね、ケアしていくっていうのも。
TT:でも、楽しいからね。
MH:「楽しんでやってるんだろうなぁ」って感じが見てて伝わる。
TT:楽しいことを仕事にできているから幸せだよね。大変なことも多いけど、好きなことだから続けられる。それで生活ができているのは、本当に幸せなことだと思う。
MH:リッキーはすでに広告塔に成長してるし。だって、ショップの名前がリッキーズだよ。
TT:そうなんだよね。ちょうど長男のリキが生まれるタイミングで店をオープンしたから「じゃあ、リッキーズでいいか!」って。おれが「リッキーさんですか? 」ってよく聞かれる(笑)
MH:コンペティションについて聞かせて。友重はもともとプロサーファーとして活動してたじゃん。だけど今はプロの大会に出るのをやめて、アマチュアのNSAの大会に積極的に参戦している。何か理由があるの?
TT:やっぱり子ども。リッキーがNSAの大会をまわるようになったから。「どうせ一緒に行くんだったら、おれもちょっと出てみようかな」っていう流れ。
MH:なるほどね。
TT:昔はプライオリティルール※2なんてなかったじゃん。でも今は、プライオリティルールがあるのがスタンダード。そういうのも実際やってみないと、子どもに教えたりみんなに話したりできないから、自分も大会に出て学ぼうと思った。それで出はじめた。
MH:それが今や、何回チャンピオンを取ったの?
TT:2021、’22、’23年と、グランドチャンピオンを3年連続で取った。去年の10月には、世界マスターズサーフィン選手権にも出た。ラッキーなことに十何年ぶりにやるってなって、前年にグラチャンを取ってたから、40代クラスの代表に選ばれて。
MH:トム・カレンとか(糟谷)修自さんとかも別のクラスで出てたよね。
TT:うん、みんな今でも格好よかった。
MH:ああいうふうになりたいよね。歳をとってからパッて表舞台に出ても「まだ衰えてない」って思われるように。
TT:そうだね。それは感じたな。
MH:そのときの成績は?
TT:16位。2回戦で負けちゃった。
MH:40代クラスって言ったら、けっこうなメンツがいそうだもんね。
TT:バリバリのブラジリアンとか、ベン・ブルジョアも出てた。その世界マスターズを去年経験しちゃったから、また開催されるならぜひ出たい。でもいつやるかわからないから、つねにNSAでグラチャンとってないといけないんだよ。
※2 ヒート中、それぞれの選手に順番に与えられる優先権。ヒート開始直後のプライオリティ(優先権)が誰にもない状態で、最初に波に乗ったサーファーからプライオリティの順位がいちばん低くなる。その後、次のサーファーが乗るとプライオリティの順位が繰り上がっていく。
写真:ISA / Sean Evans
写真:ISA /Jersson Barboza
MH:じゃあ次のチャンスまで続けるんだ。
TT:そう思ってたんだけど、リッキーがNSAをまわるのが今年いっぱいという感じだからどうしようかなと。
MH:もっと年上のクラスではやらないの?
TT:わからない。そのときの気持ちしだいかな。子どもが行かないのに、おれだけ行くのもどうかなって思ってもいる。
MH:でも、もうNSAの顔じゃん。マスタークラスの次は?
TT:グランドマスター。
MH:それも狙っていくしかないでしょ!
TT:それはそれで大変なんじゃない? 勝ちつづけるのってさ。けっこうみんな本気だから。
MH:はたから見たら、ショップの盛り上がりにもつながるのかなと思うけど。
TT:実際はあまりつながってないかな。 店も休まなきゃいけないし。お客さんがたくさん来る週末にね。
MH:逆にマイナスの部分があるんだね。
TT:とはいえ、NSAの大会に出ているといろんなところに行けて、いろんな人と出会えて、自分の世界も人脈も広がる。それはすごくいいこと。プロの大会に集まるのはプロサーファーだけで、世界が限られるじゃん。
MH:もっと狭いよね。
TT:NSAは、いろんな人たちがいる。
MH:カテゴリーもいっぱいあるからね。
TT:ロングボードだったり、女の子だったり、ほかの職種の人だったり、人との出会いの幅が広がってよかった。楽しいしね。
MH:プロみたいに刃を研ぎ澄ましていくというよりは、アマチュアだったら、仕事しながらでもラフに行けるわけでしょ?
TT:いや、みんな真剣だよ。ちゃんと小波用のエポキシ※3のボードを用意したりとか。その試合のために仕事のスケジュール組んで。
MH:ああ。体調も整えて。
TT:そう。みんな本気でやってる。だからこそ、勉強になる。プロの世界もそうだけど、アマチュアの世界も真剣でおもしろい。
※3 密集したビーズを発泡させたEPSフォーム、いわゆる発泡スチロール素材。浮力が高く、おもに小さな波で特性が生きる。
<つづく>
POSTED : 2025-09-11