
文、写真:河上 竜平
ジャッカロープ2025モントリオールに出場するために、カナダのケベック州モントリオールへ向かった。今年は昨年度より参加者が増え、若手を中心に勢いのあるメンツが出場することになっていた。世界のすごいスケーターが集まると聞き、エマはワクワクしていた。コンテストなので競争ではあるが、いつもどおり「自分のできることを精一杯出しきれるようにがんばろう」とだけ作戦を決めていた。
初日は会場のバートが滑れなかったため、時差ボケのなか、公共のパークを2か所、ジャッカロープのアテンドでほかの出場者と一緒にまわった。モントリオールのパークにはバーチカルがなく、ストリートやボウルが中心だが、友だちと一緒だったのでとても楽しそうだった。
練習初日。大会スケジュールには「2時間弱の練習」とだけ記載があり、危惧していたことが起こった。男女混合でグループ分けもなく、全員で練習する形式だったのだ。男子30人、女子10人ほど、計40人くらいのスケーターがいっせいにバートの練習を行う。そこでは、当然「差し合い」が起こる。同時に4名ぐらいがバートに入ることや、人と人、人とボードがぶつかることもある。かなり危険な状態で、選手も見ている人も苛立つことがあり、トラブルも起きる。しかし、決められたルールである以上、気をつけながら練習するしかない。ちなみにXゲームズのバートには差し合いはない。たがいの1本を尊重し合う「紳士協定」のような文化だ。
エマはまったく入れないわけではないが、年齢が低く体格も小さいため、ほかの選手のようにはいかない。怪我だけは避けてほしかったので、接触しないように滑るよう伝えた。わたしも体格の大きい年上の選手にはフラストレーションを感じざるをえなかった。そうして短い時間のなか、ルーティンに入れる予定のトリックをひととおり試して、この日の練習を終えた。
この日はベストトリックのイベントもあった。順位を争うものではなく、ショーのようなものだ。エマは無理にビッグトリックは狙わず、難易度の高めのものだけチャレンジした。
翌日。この日は予選と準決勝が行われる。練習時間は午前中に1時間、本番前に1時間半。エマはシード選手なので、予選をパスして準決勝からの参加だ。昨日はバートに慣れることと、ルーティンに入れるトリックを調整した程度だったので、この日の練習でコンビネーションを確かめ、ルーティン全体を考える必要があった。もちろん、まったく考えていなかったわけではなく、ふだんの練習でつなげている3〜4個のトリックを軸に、11個の流れを組むつもりだった。
ただ、ひとつ問題があった。ジャッカロープのバートの特徴である中央のチャンネル※1を越える必要があるのだが、エマはまだチャンネルを超えたことがなく、あつかい方が想像でしかわからない。それもルーティンに合わせる必要があった。しかし、最初は恐怖心があったものの、何本か挑戦するうちに徐々に合わせはじめた。
エマとルーティンを相談した。30秒すべてをトリックでつなげるのが理想だが、着地のタイミングを少しでもミスすると失速してしまい、エマの筋力では高さを取り戻せない。不慣れなチャンネルも失速につながる。とはいえ決勝には行きたいので、高難易度トリックとコンビネーションは入れたい。話し合いの結果、難易度を少し下げることに。900※2を前半に入れ、後半にインディグラブ540※3・インディグラブ720※4・フェイキーインディグラブ720※5といった難易度の高いコンビネーションを入れることにし、中盤は体勢を整えるためにシンプルなエアーや安定した低難度の技を入れることにした。そして、決勝に上がれたら難易度を上げようと決めた。
差し合いのなか、ルーティンの練習を始めた。順番はなかなかまわってこなかったが、なんとか通して成功できるレベルになり、本番を迎えた。
決勝に上がりたい。しかし相手は有力選手ばかり。高さで評価されると体格や筋力で不利なエマには厳しい。だからこそ、トリックの難易度とコンビネーションで勝負するしかなかった。ジャッジにはバーチカルスケートボード界の重鎮、PLGことピエール=リュック・ガニョンがいた。Xゲームズで何度も金メダルを獲得した実力者で、わたしにとっては現在から過去まで見渡しても五本の指に入るスケーターだ。PLGなら技術をしっかり見てくれると信じていた。エマに緊張はなく、「このルーティンは乗れるわ」と自信を見せていた。
エマのランが始まった。なんとか決めてほしい。決勝に届く点数がほしい。エマは危なげなく滑りきった。観衆も盛り上がり、得点は95点。かなりの高得点だ。ルーティンの難易度を評価してもらえたのだと思う。この点数なら決勝に上がれるとわたしは確信した。エマも大喜びだった。結果、準決勝は1位で通過した。
準決勝終了後、エマは「明日はもっとむずかしいランにするわ」と、さらにやる気を見せていた。
<つづく>
※1 バーチカルランプの中央にある段差。ランのあいだに飛び越えるのがセオリー。
※2 空中で体とボードを一緒に背中側へ2回転半させるトリック。
※3 空中で体とボードを一緒に背中側へ1回転半させながら、デッキのつま先側を後ろの手でつかむトリック。
※4 空中で体とボードを一緒に背中側へ2回転させながら、デッキのつま先側を後ろの手でつかむトリック。
※5 後ろ向きに滑り、空中で体とボードを一緒に背中側へ2回転させながら、デッキのつま先側を後ろの手でつかむトリック。

ブラジル出身のレジェンドスケーター、ボブ・バーンクイスト(中央)と一緒にサイン会に参加。我が子ながら信じられない

準決勝がスタート。多くの声援に背中を押されながら、エマは世界の舞台に挑んでいた

アメリカで暮らすシオン・スガナミくんと、オーストラリアのアリサ・トゥルーと記念の一枚。パリ五輪女子パーク金メダリストのアリサは、今回のバートでも頂点に立った
POSTED : 2025-11-19