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スンバワ島滞在記 PART 2

PLAYERS : MASAKI HARADA

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原田 正規
MHASAKI HARADA

 

スンバワ島滞在記 PART 2

 

日本ではなかなか出会えない、ハイクオリティな波でサーフィンを高める日々。旧友との再会、メローなアイランドライフ。10日間にわたるサーフトリップを終えて、残った思い。

 

文、写真(フィルム):原田 正規
写真:飯田 健二
編集:高橋 淳

DAY 5&6:世界屈指のサーフポイント、レイキーピーク

 

波のサイズが少し下がった。とはいえ、レイキーピークはオーバーヘッドサイズのファンウェイブ。ここは世界屈指のサーフポイントだ。メインとなる波はレフト。テイクオフは掘れていて、ボトムに降りるとそこからチューブセクションになる。そのあとも波は続き、2~3発のリップアクションが可能だ。レギュラーの波も掘れていて、ときおりチューブもある。距離はショートだが、カービングを2回入れて最後にエアーがしやすい。

 

レイキーピーク出身のプロサーファーと言えば、ワールドツアーを転戦していたオニー・アンワーが有名だ。ローカルサーファーたちは基本的にはフレンドリーだが、仲間意識が強い。ここで楽しくサーフするには、「おじゃまします」という気持ちを持つことは必須だ。

 

午後は初心者にもやさしいカブルストーンへ。胸〜肩くらいの波で、リッピングやカットバックの反復練習に最適だった。

6日目には、夕方レイキーがロータイドで掘れた波を見せていた。すぐさまトランクスに着替えてパドルアウト。白人の上級者が多いなか、日本人は自分ひとり。オーバーヘッドの波に果敢に挑んだが、波のブレイクが速く、リップを狙えば置いていかれる。水深の浅さに気づき、慎重にラインを取る。夕暮れのなか、危険と隣り合わせのセッションだった。

DAY 7:無人のピーク、ジャランジャラン、旧友との再会

 

朝はスローに始まり、ボートでレイキーへ。右奥のピークには誰もいない。だが、そこではオーバーヘッド〜ダブルサイズの波がブレイクしていた。わたしは混雑を避け、ひとりでその波にチャレンジすることを決めた。

 

いざサーフしてみると、波の入り方がわかりにくい。突然3~4本のセットがやってくる。波を待ちながら、とにかく注意深くチャージすることを意識した。ピークにはカレント(潮の流れ)もある。流れを見計らい、テイクオフポジションを定められればスムーズに乗れる。そうしてつかんだ波は、ダブルオーバーサイズのチューブ。振り返れば、この旅のベストウェイブだった。このセッションは動画でも撮影している。追って公開するので、ぜひ観てほしい。

午後はカメラマン飯田さんと映像のチェック。そして、足りないカットを補うため、バイクでジャランジャラン(散歩・散策)へ出た。

 

旅のあいだはほとんどサーフエリアに滞在し、サーフィンばかりしていたが、たまに町に出ると、あらためて島の魅力が際立って感じられた。スンバワ島の人々は、インドネシア人特有の陽気さとすてきな笑顔を持ち合わせている。こちらがきちんとコミュニケーションをとろうとすれば、しっかりと応えてくれる人たちだ。田舎町で、大人も子どもも、のんびり仲よく暮らしているように見える。都会のようないそがしさはまったくない。

いつものレストランで、なつかしい声が耳に届いた。声の主は、かつて千葉でともに過ごしたノリテルくんだった。数十年ぶりに交わす会話のなかで、過去の思い出が次々と蘇ってくる。一緒によくサーフィンをして、スケートをして、夜飲みに行って遊んでいた仲間。ノリテルくんはやさしい人だ。当時、わたしが怪我で海に入れないときに、おんぶして川へ釣りに連れてってくれたことがある。そして、釣りの腕前がプロ並みで、酒が強い。スンバワ島に家を構えた今もまったく印象が変わらない。娘のラナが、島に横ノリのカルチャーを根づかせるために自力でスケートパークをつくったという話に心を打たれた。

DAY 8&9:つねに波があるサーフパラダイス、スンバワ島

 

朝から猛烈な雷雨。おかげで出発は遅れたが、混雑を避けてペリスコープへ向かった。波のサイズは頭半〜ダブルくらい。波がいいからか、思いのほか人が多く、30人以上が沖にいた。しかし、撮影に集中しなければ無駄になる。わたしはいい波にこだわらず、そこそこの波にも積極的に乗って攻めた。そうして2時間のサーフィン後、体力も集中力も限界に。昼食のブリトーとミックスジュースで回復。

翌日は、前日と打って変わって快晴。波はそこそこ。とはいえ、十分なグッドウェイブだ。日本ならば「波が上がったね」というコンディションでも、ここでは「波がない」とされる。現地で出会った16歳の栗木くんとともに、混雑したレイキーで2時間ほどサーフ。ローカルサーファーや外国人サーファーが多数を占めるなか、日本人として健闘した。

DAY 10:波の終焉とともに迎えた旅の終わり

 

旅の最終日は波がさらにサイズダウンし、ノーサーフ。体も慣れてきたので、もう少し滞在してサイズのある波をやりたかった。調子も上がり、どんな波にも対応できる自信があった。

 

旅の最後のひととき、飯田さんとバイクで島をめぐる。わたしが前回インドネシアを訪れたのは約10年前だ。そのころと変わったのは、誰もがスマートフォンを持っていること。今では、翻訳アプリでかんたんに会話ができ、SNSで世界中どこにいてもつながることができる。残念ながら変わっていないのは、においとともに、川べりや町中に溜まるゴミの多さ。10年後にはこの光景が変わっていてほしいと願うばかりだ。

旅に出て、ただ波と向き合い、ひたすらサーフィンに打ち込む。そんな時間こそが、自分の人生にとっての正解なのだと確信した。マインドが前向きになり、また次のサーフトリップへと出かけたくなった。ありがとう。自分ひとりではけっして成しえなかった、この旅を支えてくれたすべての人たちに感謝を込めて。そして、ありがとう、スンバワ島。●

POSTED : 2025-08-01